「きょうのば」は、バンクーバー(カナダ)で、自己の成長・前向きな行動を支援する、ワークショップ(研修)の企画・運営を行っています。

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溝口 寛のコラム
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2008.5.9
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「道徳を忘れた経済は罪悪であり、経済を忘れた道徳は寝言である。」


 このドキッとするような名言は、江戸時代末期に600を越える村々を
貧困・窮乏から救済し、復興・再生させて活躍した二宮尊徳(金次郎)の言葉です。

小学校の頃、薪をかつぎながら本を読んでいる金次郎像を見て、勉強することが
大切なことを伝えようとしているのかな〜というぐらいの意識だったと思うのですが、
実際あの薪は、街に燃料用として売りに出て、そのお金を低金利で貸し、お金を育て、
その育ったお金を復興資金として割り当てることをしていたそうです。

道徳と経済がお互いに融合しあうことが、豊かな社会をつくっていくには
大切だと説く二宮尊徳さんの思想は、利益ばかりを考え、道徳心を失いつつある
現在の大きな経済の方向性を見直していくうえで、今注目されつつある思想です。

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 二宮尊徳さんの考えを簡単に説明するのには、たらいの水の話があります。
たらいの水を、向こうの方から自分の方へ引き寄せようとすると、最終的には、
水が脇から外へ流れ出してしまいます。反対に、自分の方から向こうの方へ
水の流れをつくってあげると、最終的には、自分の方向へ水の流れが戻ってくるという
たらいの中の水の流れに例えて、まずは自分から社会に貢献していくこと。
そうすると、自分の方へ還元される流れがやってくるという教えなのですが、
早速そのイメージを確認するために、家のお風呂で試してみることにしました。

これは、give and take(ギブ・アンド・テイク)と流れがぽつんと切れてしまう感覚よりは、
どちらかというとgive and receive and give(ギブ・アンド・レシーブ・アンド・ギブ)
という感覚に近いのかもしれません。

で、今回の「道徳を忘れた経済は罪悪であり、経済を忘れた道徳は寝言である。」
という二宮さんの名言に心が引き締まったのは、この言葉の後半部分、
「経済を忘れた道徳は寝言である。」という一文になります。

 「まわりの社会に貢献していきたい。」「私のできることで人の役に立っていきたい。」
と使命感や志をもって、経済活動を行う人が多くなってきました。NPOをはじめとする
社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)と呼ばれる人達です。

私自身も同じようなものを心に抱き、私の場合は、人のパフォーマンス、モチベーション、
人生の方向性を決めていく時のサポートをする仕事に取り組んできました。

 しかし、現実は人や社会に対して、心からのサポートを充実させていくためには、
まわりからのサポートをレシーブする部分が、非常に重要であることを痛感しています。
たらいの水の動きに例えると、自分の方から外へ向けてつくりだした水の流れの
戻ってくるところをちゃんとつくっておくということになります。

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 以前、私は、このようなことを経験をしました。社会や人の役立つことばかりを考えて、
自分の心から提供するサービスを過小評価して販売したために、そのサービスを
提供する自分側の活動が、もたなくなったことがありました。

道徳心を養っていくことは、利潤を追求することだけに囚われがちな現代の経済活動の
行く先を調整していくうえで大切なことですが、その道徳心もゆき過ぎると
経済活動の中では、寝言になってしまうことがあるということでしょうか?

 寝言になってしまう根底には、お金に対しての個人の考え方や思いこみが
大きく影響しているのでしょう。テレビをつけると、よくあるお金関係のニュースと言えば、
企業の不祥事や賄賂、脱税といったネガティブな情報であふれています。時代劇のドラマでは、
悪代官さんが小判を抱えてニヤニヤと笑っていたりと、お金に対してのイメージが、
どちらかというと悪くとりあげられることが多いです。

 また、ある人は、子どもの頃のお金に対する嫌な思い出や感覚がどうしても残ってしまい、
お金に対しての違和感を、無意識の内に感じてしまっているところもあるのでしょう。

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 しかし実際、お金というものは、昔々、お互いのサービスやものを物々交換して
成り立っていた社会が、物々交換だけでは、上手くまわらなくなって、
その解決策として、お金というものが登場したわけで、お金自体に良いとか
悪いとかという性質はないのですね。どちらかというと自分自身がつくり出している
お金に対しての感情、付き合い方をふりかえってみるのが良さそうです。

お金とのいい付き合いが出来ている人は、お金を大切にしながら、
ここは要りようと思われる場面では、リスクを考えながら自己投資をすすめ、そこから還元されてきた
お金を丁寧に受け入れ、あらたに投資、運用して、社会の中で相互にお金を育てていく流れを、
とりとめのない欲に惑わされることなく、妙な罪悪感に囚われることなく、
たらいの中の水を動かすように、きちんとまわせているのだと思います。

 日頃、何気にスーパーで買い物してる時も、野菜やお肉や魚など、物を購入することに
よって私達は、その代価としてお金を支払っています。しかし、物を購入するには、
そのような物を生産する人や、生産したものを流通する人、それを店頭に並べて
販売する人がいるように、いろんな人の活動によって、スーパーで必要なものを購入して、
お金を支払うという単純なステップがなりたっています。

また、その支払われたお金は、最終的には、そのものやサービスを販売するまでに
携わってきた生産者達の生活費になったり、生産する会社の運営資金や利益へと
変化していきます。

 こんなことは、当たり前のことで、日頃ほとんど意識していないことかもしれまんが、
自分が所有しているお金を、自分はどんな方向へ、どんな感覚、気持ちで流し、どんな風な
お金の受け入れ先、還元先を用意しているのか?を考えていくことで、自分とお金との
付き合い方や流れ方を見直していくことができます。

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 最後にちょっとしたお金の感覚トレーニングになりますが、スーパーに出かけてお買い物をする時に、
購入するものの後ろに隠れている人の存在を意識しながら、買い物カゴに「ありがとう」
つぶやくような感じでものを入れてみてください。最後にレジでお金を支払う時は、
「行ってらっしゃい〜誰かのためになって、また会いましょうね〜」という感覚で、
丁寧にお金を送り出せてあげる習慣がつくと、将来、お金と再会する機会もまた丁重かつ
自然に受け入れていけるような気がします。

「道徳を忘れた経済は罪悪であり、経済を忘れた道徳は寝言である。」
この名言は、自分とお金との付き合い方を、人生の時々でふり返るうえで、
とても本質的な言葉だと思っています。二宮さんこんな言葉を残してくれてありがとう。

●参考リンク
二宮金次郎が薪を背負っている理由
猪瀬直樹の「眼からウロコ」


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